ハワイアンキルトの神様 アンティー・デビーの孫娘であり唯一の後継者であるナラニ・ゴードによる、伝統と本物のハワイアンキルトをお楽しみください。
Nalani Goard(ナラニ・ゴード)は、ハワイアンキルトの神様とも称され「唯一世界に認められたハワイアンキルト作家」と崇められたAunty Debbie(アンティー・デビー)の孫であり、唯一の後継者です。
幼少の頃より祖母アンティー・デビーに直接キルトを学び育ったナラニ・ゴードは、ハワイアンキルトのカリスマとして活躍し、祖母アンティー・デビーが2000年に引退すると、唯一の伝承者として全てのパターンと作品を受け継ぎました。
アンティー・デビーとナラニ・ゴードのキルトデザインは非常に完成度の高いキルター憧れの逸品です。
近年はハワイアンキルトのデザインに日本の植物を取り入れるなど日本での普及活動もスタートし、皇太子妃愛子さまご誕生の折にはプリンセスアイコ マムを作成し贈呈したことでも知られています。
現代ハワイアンキルトの祖といわれるアンディー・デビー(Aunty Debbie's)は、ハワイホノルルで生まれた偉大なキルト作家です。彼女はハワイアンキルトの芸術性と、その素晴らしさを人々に伝えるために、積極的に活動した事でも知られています。ハワイ大学での講義や、ハワイ文化を伝える「ビショップ・ミュージアム」でのキルト教室を主宰する一方、世界各国へ出向き、実演と指導にあたってきました。これらの活動により、唯一世界に認められたハワイアンキルト作家と言われています。
ナラニ・ゴード(Nalani Goard)はアンティー・デビー(Aunty Debbie's)の孫として、幼い頃より祖母から直々にキルトを学び、アンティーの引退とともに、その全てのパターンと作品を彼女が引き継ぎました。ナラニもまた素晴らしいアーティストであり、ハワイアンキルトの素晴らしさやアンティーの技術を多くの人に伝えるため、積極的な活動を行っています。近年は、日本での活動もスタートし、ハワイアンキルトのデザインに桜やイチョウの葉を取り入れるなど、日本への親しみが作品にも込められています。また、皇太子妃愛子さまご誕生の折には、プリンセス アイコ マムを作成し、お贈りしました。

読売新聞・日本テレビ放送網・WOWOW主催の「ナ・ヒヴァヒヴァ・ハワイ」の講演にあたり、JCBホールのエントランスとロビー及び、舞台装飾を当コレクション・デザイナーのナラニ・ゴード主催によるナラニズ・オハナ・アソシエーション(N.O.A)が依頼を受け、ナラニズ・オハナ・アソシエーション(N.O.A)所有のハワイアンキルトでデコレーションいたしました。
「ナ・ヒヴァヒヴァ・ハワイ」とは、フラダンスの祭典「メリーモナーク」、ハワイアン・ミュージックの祭典「ナ・ホクハノハノ・アワーズ」が一度に来日する、ハワイでも見ることの出来ないフェスティバルです。2008年10月3,4,5日の3日間で行われ、このイベントには約1万1千人の観客が来場しました。
※ロビー装飾にはウォールハンギング、舞台装飾にはベッドカバーを使用しています。
■伝統の"8ポイント・スター"彼女たちの作品に必ずデザインされている、"おへそ(8ポイント・スター)"は、アンティーとナラニのオリジナル・デザインであることを示すために創られたトレードマークです。ナラニ・ゴードデザインのキルト・コレクションは、ハワイに古くから伝わる伝統のデザインを施し、熟練の職人により手縫いで仕上げられた逸品です。丁寧な仕上がりの大小様々なステッチから、手縫いの温かさを感じられる贅沢な逸品です。
一つ一つがキルターによる手縫い作業。キルター自身が楽しみながら真心を込め、キルティングを施していきます。
キルティングされた物を縫製スタッフが丁寧に仕上げていきます。




ナラニ・ゴード・コレクションのハワイアンキルト商品は、全行程が手作業で進められています。




ハワイのメーカーと専属契約している熟練のキルター達によって作業は行われており、45cmの角のクッションやフラバッグLサイズなどで約2~3日間、ベッドカバーサイズでは約45日間の日数をかけて丁寧に仕上げていきます。伝統ある、ナラニ・ゴードのデザインと、熟練したキルター達の手縫いによる、本物のハワイアンキルトをお楽しみください。
ナラニは、新しいデザインを生み出す時には気持ちを穏やかにし、負の感情を一切持たないように強く心がけているそうです。
もしも怒りや不安、悲しみなどを抱えたままデザインに取り掛かるとそれがそのままキルトに出てきてしまうのだそうです。
アンティー デビーもナラニ ゴードも年間に1枚~8枚くらいのペースでデザインを生み出すそうです。
アンティー デビーもナラニ ゴードもいわゆる「現代的」なキルトデザイナーではなく、古来の伝統に忠実な「伝統的な」スタイルのキルトデザイナーです。
その昔ハワイには布がなく、ハワイの女性は木の皮をたたいて“TAPA(タパ)”を造り、これを布のような感じで使い、着る物を作ったり色々な事に使っていました。
その後アメリカ本土から宣教師がハワイに来て、仕事の報酬としてシーツや端布をハワイの女性たちに現物支給するようになり、彼女たちは縫い物や刺繍に使うようになりました。
ハワイの女性たちは始めに刺繍を習得し、次にパッチワークをするようなりました。
ハワイアンキルトが誕生した頃には、既に縫製技術を充分に身に付けていて、ハワイの女性は仕事の報酬として宣教師からベッド用のシーツなどを受取り、そのシーツがハワイアンキルトの素材になりました。